創業118年の5代目牧場経営者が切り開く酪農の新しいカタチ「富良野未来開拓村」とは?
今回お話をお伺いしたのは、明治時代の北海道開拓期から118年続く藤井牧場の5代目 藤井 雄一郎(ふじい ゆういちろう)さんです。
ふるさと納税に出品されているチーズ5種の特徴はもちろん、「開拓者たれ」という経営理念のもと酪農の新たな道を切り開くことで社会貢献を目指す経営ビジョン「2030年 富良野未来開拓村」についてお話しいただきました。
初代から先陣を切って新しい取り組みを行ってきた藤井牧場のDNAは、今後の富良野市の酪農や農業、そして日本社会にまでもイノベーションをもたらすのかもしれません。
1.チーズは日常的に楽しく食べてほしい
ーふるさと納税に出品されているチーズ5種セットのうち、「ふぞろいなさけるチーズたち」「さいしょはゴンダチーズ」といったネーミングにはどんな意味が込められているんですか?
「楽しく日常的に食べてほしい、チーズだからといって構えないでほしいという思いから、ちょっとふざけた名前を付けてみました(笑)
さけるチーズとゴンダチーズはクセがなく食べやすいベーシックなチーズなので、この2種類から召し上がっていただくといいかなと思います。」
ー5種それぞれの特徴を教えていただけますか?
「ふぞろいなさけるチーズたちは、生乳の味が分かりやすいチーズなので特にお子さんが食べやすいチーズとして人気があります。
実はこのチーズ、作るのがとても難しいんです。うどんを作るみたいな作り方なんですけども、綺麗に均一に伸ばすのはなかなか練習が必要なので、熟練の製造担当が行っています。
さいしょはゴンダチーズは、脱脂して作る通常のゴーダチーズと違って脱脂せずに作っているので、非常にクリーミーなところが他との違いですね。食パンに乗せてトーストすると非常に美味しいです。
チェダーチーズはある程度熟成させているので、他のチーズに比べてコクがあるのが特徴ですね。
西京味噌漬チーズは味噌に使われている酒粕自体が非常に香りの高いものを使っているので、味噌の風味にチーズが負けないような配合で作っています。食べてみるとまず西京味噌の味がするんですけど、その後にしっかりチーズの味が残るようバランスにこだわっていますので、非常におすすめしたいチーズですね。」
2.藤井牧場が目指す「富良野未来開拓村」とは?
ー「2030年 富良野未来開拓村」とはどういったビジョンなのでしょうか?
「僕が代表に就任してちょうど10年目の2019年に『開拓者たれ』という経営理念にもとづいてこのビジョンを打ち立てました。
経営理念には当社が創業した118年前から続く開拓者の魂を残していこう、いつの時代でも開拓者であり続けようという思いが込められています。
単純に牛乳を生産するだけではなく新たな分野をどんどん切り開いていくこと、これが我々の社会貢献だと認識していて、5つの分野において新たな道を切り開いていくことで、日本の未来を創りだす場所になるという大きな目標を設定しています。」
ー各分野の取り組みについて簡単にご説明をお願いします。
「酪農分野はオンリーワン牛乳の開発と大規模実証農場を作ろうと進めています。
オンリーワン牛乳の開発とは食品メーカーさんと協働して、例えばチーズケーキに合う牛乳やホワイトソースの原料としての生乳といった用途に合わせた牛乳の開発になります。
さらに第二牧場、第三牧場と牧場を増やしていき、それぞれの牧場で特色ある牛乳を作ったり、大規模な農場で生産性を高めるための試験を大学や企業と協働していきたいと考えています。最近は予算がなくて牛すら買えない畜産大学があったり、企業も様々な技術を作っているにもかかわらず実証する場がなくて困っていたりするので、お互いに連携してより良い酪農を目指していきたいと思っています。」
「環境分野ではバイオガス発電を中心にエネルギー自給率100%を目指しています。また地域資源活用として、富良野市は玉ねぎの名産地なので玉ねぎの殻を燃料用ペレットにして温熱剤として周辺農家さんと使用していけたらと考えています。昨今燃料は高騰が続いていますから、地域単位の取り組みとして環境対策モデルとなることで、日本あるいは世界に向けて普及させることができるのではないかと思っています。
畑作分野では円安による家畜の餌代高騰を背景に、粗飼料自給率100%を目指しています。さらに地域労働力を確保することと遊休農地の利用を促進していくため、後継者のいない農家さんを受け継いで需給できる飼料量を伸ばしたり、地域の酪農家さんの人手不足に協力していけるような体制を整えたいと考えています。」
「人材開発分野では、視察観光というものを作り出そうと考えています。一般企業や自治体向けに当社が行っている取り組みを地域を巻き込んだ形で視察してもらうものですが、富良野市の新たな観光資源にもなるのではないかと思います。
また当社が持っている知識や技術を囲い込んでしまうのではなく、SNSで公開したり中高生向けサマースクールを開いたりすることで、オープンイノベーションを進めていこうと考えています。最先端のことを進めていると、どうしてもどこかでつまづくんですよね。その時に企業さんや大学さんの持っている技術を提供していただいたり参加してもらうことによって、イノベーションの速度を上げていきたいと思っています。
農村生活分野はしっかりと利益を上げていきながら社員さんの福利厚生をしっかりやって行きたいと考えています。当社には現在40名の社員がいますが、約半分が20代なんですよ。富良野市内でもかなり若い組織だと思います。こういった若い人たちがしっかりと富良野市に根付いてもらえるように、結婚・子育てといったライフイベントを考えたときに、しっかりと応えられるような土台を作りたいんです。また大企業の方や研究者の方が気軽に立ち寄れるようなテレワーク施設や居住環境を提供することで地域の方との交流も増えますし、農村の生活を充実させるとIJUターンされる方にも長く暮らたいと思ってもらえるのではないかと考えています。」
「このビジョンは私一人で汗をかいても実現できないので、このビジョンに賛同してくれる社員や他の農家さん・酪農家さん、大学・企業など多方面の方々を巻き込んで知恵を拝借しながら開拓村ブランドを作って、こういった取り組みに共感していただいたお客様に向けて商品を提供していきたいと考えています。」
2.北海道開拓期から続く藤井牧場が考える、現代における“開拓”とは。
ー藤井牧場の沿革をお伺いできますか?
「1894年に初代が淡路島から北海道に移住して、稲作を始めました。
そして2代目が水田酪農という米の収量を増やすために家畜の糞尿を肥料として活用し始めました。水田は20ヘクタールあって当時から規模は大きかったようです。3代目は最先端の取り組みをするのが非常に好きだったようで、本を見ながら見よう見まねで米の乾燥機を作ったみたいなんですけど、これは失敗するんですよね。数々の挫折を乗り越えながら今の当社があるということですね。
そして酪農専業に切り替えたのが現会長の4代目ですね。高度経済成長期手前の時代で大英断だったと思うんですよ。水田はこれ以上伸びない、畜産物が伸びるぞということを読み切った。
そして今、5代目の僕が『2030年 富良野未来開拓村ビジョン』を掲げて取り組んでいるという状況です。」
ー「開拓者たれ」という考え方は初代から引き継いできたものなんですね。ではこのビジョンを打ち立てた経緯を教えてください。
「2009年の代表就任から10年後に掲げたビジョンなんですが、実はこの時点で当時やりたいと思っていたことがほぼ達成できたんですよね。農場HACCPという資格の取得やサンドセパレーターという牛用の砂のベッドを導入など、日本初の取り組みをいくつかやったんです。そこで次の10年をどうしようかと考えた時に『開拓者たれ』という経営理念を再設定しました。
この言葉は自分のアイデンティティみたいなものでして、自分のやりたいことを思いきりできて、なおかつ自ら道を切り開いていく人が育つ場所を作りたいと思ってこのビジョンを考え始めました。」
ー自社の成長だけでなく、酪農をはじめとして日本の未来をより良くしようという考えはどのように生まれたのでしょうか?
「初代から新しいことをやろうとすることが多くて、正直なところ周囲からは異端児扱いされることもあると思います。じゃあうちの社会的使命はどこにあるんだろうと考えたときに、新しいモデルを切り開いていくところにうちの使命があると思ったんです。実際のところ自分たちが進みたい方向を模索しているだけではあるんですよ。でもそれがちゃんと回れば社会に結びつくと思っています。
僕らは突飛なことを考えているわけではなくて、しっかりと原理原則に基づいて取り組みを進めているんですけれども、やっていくうちにいろんな矛盾も出てきます。そこで課題を一つ一つ真正面から解決して行くことを開拓と言うんじゃないかなと思っています。」